主体的であろうとする人を応援します

「7つの習慣」という本があるのは、多くの方がご存知だと思います。

今、世にある自己啓発書はこの7つの習慣の焼き直しに過ぎないと言っても過言ではありません。

ここで紹介されている第1の習慣が「主体的である」ということ。

この習慣は、どんな立場の人間であれ、「反応を選ぶことができるし、選んでいく姿勢」のことを言っています。

会社員であろうが、フリーであろうが、姿勢としてどうか?というのが問いです。

一方で自由が叫ばれる

ですが、「社畜」という言葉で表されるように、とかく会社員は悪く言われることが多いと感じます。

自虐的に使っている人もいますが、いずれにしても、まあバカにされていると解釈して差し支えはないと思います。

確かに、決まった時間に出社することが多いし、朝は満員電車です。

何も考えずに会社で座り、サボることを考えている人もおそらく多いのでしょう。

パレートの法則なんて言いますしね。売り上げの8割は2割の社員が稼いでいると。

データでの裏付けはないので、客観的事実はよくわかりませんが、おそらく近しいのだろうなということは、自分も大企業で働いていたからわかります。

でも、じゃあ社畜=主体性がないかというと必ずしもそうではないと思います。

主体を捨てたイン畜エンサー

主体的であるというのは、「自分で反応を選ぶことだ」と述べました。

ということは、自分で会社で働くことを選び、常に主体的な態度で仕事にあたるのだとすれば、その人は文字通り主体的だと言えるし、おそらく、キャリアも輝かしいものになると思うのです。

一方で、フリーになって自由を叫ぶわりに、インフルエンサーの舎弟として生き、さながらイン畜エンサーとして活躍し、いろいろなことを他人や環境のせいにして生きている人たちがいます。

何かというと「月収〇〇円」と叫んでいるのも特徴的です。

もちろん、お金は大事ですし、ぼくも欲しいですが、こと「主体的か」という問いに対してはどうでしょうか。

常に不安にさらされ、自分より下だと思い込みたい気持ちが見え隠れするその態度は果たして主体的と言えるのでしょうか。はなはだ疑問を感じます。

何かというと「会社が悪い」という会社員もそれは同じ。

客観的事実としてブラックすぎるのはそれはそれとして指摘・改善が促されてしかるべきとは思いますが、じゃあ会社のせいにして何かが解決したことがあったでしょうか。

ぼくはありませんでした。

誰も責任などとってはくれない

要は、別に会社員が上だとか、フリーランスがだとか、どっちが大変だ楽だとか。誰のせいとかもどうでもいいのです。

今、自分は主体的に選んでいると言えるのかどうか。

ものすごい難しいことだし、完璧にできている人なんていないのかもしれません。

ですが、あなたのキャリアも人生も、最終的には誰も責任などとってはくれません。

綺麗ごとかもしれませんが、「今の状況は自分が選び取った結果だ」ということを受け入れることから始めるしかありません。

これはもう、ほぼほぼ客観的事実といってもよいくらいかなと。

主体的な人だけが、これからの時代を生き抜けるのだと思いますし、ぼくはそういう人を応援していきたいと思うのです。

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ABOUTこの記事をかいた人

カメダ ナオト

企業に勤めながらも主体的であろうとするサラリーマンやアスリート、アスリートを目指す方に目標達成、モチベーションアップなどメンタルに関わるコーチングを行っています。 資格:トラスト認定プロフェッショナルコーチ、TCS認定コーチ。