初詣の時に神様に願うなら

明けましておめでとうございます。

ここ2年程は新年と言ってもどちらかと言えば暗い雰囲気が社会を覆っていた感じがしていました。

一方で今年は、油断禁物ではあるものの、いくらか明るい雰囲気が戻ってきたような気がします。

今日は毎年恒例の墓参りに行ったのですが、一般的には初詣でしょう。

いくつか近所に大小の神社仏閣があるのですが、やっぱり人が多かったです。

屋台も出てましたし、若干のお祭りムードもありますね。

初詣で毎年思うこと

その初詣では、大きめの神社に行くとまあ人がかなり多いですよね。

過去は明治神宮や川崎大師あたりも行ったことがありますが、ディズニーランドばりに混んでいます。

そして、例の行動を漏れなく行っているわけです。

そう。

「お参り」です。

賽銭箱に小銭を投げ入れ、自らの煩悩を叶えてほしいと神頼みするあれです。

ふとこの行為を外から見ていると、神様はかなり大変だよなーと思うわけです。

一体、何人の願い事を聞かされ、叶えなければならないのでしょうか…?

いくら神様といえど、いっぺんに叶えられるはずもないし、むしろ忘れる場合だってあるんじゃないか?とか。

エントリーシートの採点

時を同じくして、私の妻がキャリアカウンセラーなのですが、学生の自己PRの添削をやっていたのです。

例年、私も手伝うのですが、今年は妻が1人でやり切るというのではたから見ているだけ。

この儀式は私もかつて通ったものなので懐かしいなと思うわけですが、同時にこうも思うのです。

「みんな割と同じに見える」と。

つまり、このエントリーシートを読むことになる面接官・人事からすると、悪くいえば金太郎飴に見えちゃうこともありそうだなと。

この構図、初詣と似ているなーと思うわけです。

まあ、神様のキャパを人間と同格で比較するなどおこがましいかもしれませんが、論点がズレるのでそこはいいとしてください。

何が言いたいかと言うと、やっぱり目立たないといけないし、本気で叶えたい、聞いてほしいなら目立つ必要があるんじゃないかなと思うわけです。

願い事は明確にする

じゃあ、どうしたら目立てるのかと言うと、めちゃくちゃファンキーだったり、印象に残るような面白願いだったら目立つのかもですが、そういうのは一旦脇に起きます。

コーチとして、また、自分自身を省みても思うのですが、そもそも願い事そのものが曖昧だったりはしないか…?と問題提起をしたい。

試しに自分の胸に聞いてみて欲しいのですが、年始に立てた願い事を年末まで覚えていて、真摯に取り組んで来た人、一体どれくらいいるでしょうか…?

それくらい、自分自身でも叶えたいことが曖昧だったりするんじゃないでしょうか。

だとしたら、全知全能の神様であっても叶えようもないんじゃいか。

だから、願い事を具体的にして、あわよくばどんな行動をするかまでプレゼンするがごとく明確にするといいんじゃないか?と思うわけです。

押さえて起きたい基本の問いは以下の3つあたりでしょうか。あくまで「少なくとも」です。

-いつごろまでの話なのか

「夢を日付に」と言ったのは誰だったか…

案外曖昧にしてしまっている気がする達成までの期限の話。

受験とかであっても、現役なのか、はたまた来年、つまり浪人したあとなのか、ばかにするわけではなくて、はっきりと言語化するくらいでいいと思うのです。

・2022年3月末まで

とかです。

これは、もちろん叶えたい目標によって期間は変わりますよね。

-何を達成しているのか

ここは明確なケースは多いかもですが、具体的であればあるほどイメージがわき、認識のズレが無くなるので良い気がしてきます。

例えば受験で考えます。

〇〇大学

だけだと、確かにいいのですが、学部学科がありません。

過去の私は、早稲田大学の複数学部を受験したことがあるのですが、本命は1個でした。

であるなら、本命に絞りたい。

〇〇大学の△△学部××学科

くらいに明確にしておきたい。

ビジネスなら、月収とか年商・年収あたりはあるあるだったりしますね。

ここは、基本的に煩悩に任せて明確なケースは多い気はしますが、具体性は高めておきたい。

-その結果、どういう状態になるのか

さらに考えたいのはそのあとです。

達成したその先に、どんな未来が待っているのかです。

結果は結果。

その結果を得ることで、どんな状態になりたいのか、どんな感情を得たかったのかがあるはず。

俗にいう「ベネフィット」というやつです。

大きな目的と言ってもいい。

・大学に合格する。その結果何を得るのか?
・月100万稼ぐ。その結果、どんな未来があるのか?

達成したかったのは、本来「目的」だったはず。

求めている結果はそのための手段にすぎません。

なので、何のために、その達成を目指すのかを明確にしておきたいですね。

ここの一貫性があればあるほど、具体的だし伝わると思うのです。

大前提として叶える努力をする

で、ここからが肝心なのですが、神頼みは神頼み。

大前提として、目標達成に向けては自分自身が誰よりも努力する必要があります。

神様に頼んだから大丈夫!なんてぬるいことを言っていては、神様に後回しにされるに決まっています。

証拠はありません。だけど、神様に人情があるとしたら、やることやってない人に何かを与えるとは到底思えません。

なので、やるべきことはやりましょう。

何でも頑張ればいいってものではありません。

ですが、やるべきことはやる。やりきる。

そのマインドは前提です。

感謝をする

そして最後です。

これが一番大事かもしれないですね。

僕ら人間は傲慢なもので、結果を得たら神頼みをしたことなんてすっかり忘れて「自分が努力したからだ」となる。

いや、確かに努力はしたのでしょう。誰よりもやりきったのでしょう。それはそうだと思います。

ですが、年始に「叶えてほしい」と願ったならば、そこに恩恵があったと考えたところでばちは当たらないです。

「感謝しましょう」とお経のように言われる世の中ですが、その実こういうところで感謝を忘れてしまう。

そんな傲慢な態度でいいはずがありません。

目的・目標がかなったのならきっちり感謝を伝えにいく。

それくらいのことはやりたいところです。

まとめ

ここまで書いてみたことは、結局、

・目的と目標を具体的にする

・そのために考え抜いて自分もしっかり行動をする

・感謝をする

この3つだけです。

だけど、自分自身を振り返ってみると、この3つが案外出来てなかったりするんですよね。

これから初詣に行かれる方は、ぜひ考えてみてもらえると嬉しいです。

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ABOUTこの記事をかいた人

TCS認定コーチ | 半径10mの人間関係を良くしてご機嫌な毎日を送るコーチング|人生の目標も悩みもコーチングの力が役立ちます| 人間関係と父親コーチ視点で子育ての発信をしていきます。|軽井沢とスポーツをこよなく愛している2児の父です。